先住民に「キリスト教の布教」をしようとした米国人が
先住民から多数の矢で射られて死亡したそうだ。
事件は、現代文明から隔絶されたインド・北センチネル島で
起こった。
北センチネル島には、約150人の先住民が暮らしている。
独自の生活様式を保護するため、インド人も外国人も
一様に島から5キロ以内に近づくことを禁じられているそうだ。
また、北センチネルの先住民は、外部の者に対して
敵対的な行動を取ることで知られている。
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それを知りながら、「キリスト教の布教」をしようとした
米国人は、愚かで傲慢な精神の持ち主だ。
一度目の不法上陸で、先住民らは米国人に向かって矢を放ち、
矢の1本が米国人が手にしていた聖書を射抜いたため、
1度米国人は引いたそうだ。
しかししつこく2度目の接触を試み、結局
多数の矢で射られて死亡したそうだ。
まさにキリスト教の断捨離だ。
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「キリスト教の布教者」は、最初の矢が拒絶を示しているのだから、
先住民の意思を尊重すればよかったのだ。
エゴの押し付けが、結局自分の命を失うという結果を生んだ。
それで満足な一生なのだろうか?
27才で矢で射られて死亡して、満足な一生なのだろうか?
そんなにも他者承認欲求が強かったのか?
相手の気持を考えず、自分の神を押し付けてくる
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それにしても、なぜキリスト教は、自分の神を
押し付けてくるのだろうか?
答えは簡単だ。所属している宗教組織・教団に
洗脳されているからだ。恐ろしい事である。
キリスト者には神の声が聞こえるのだろう。
たとえ幻聴であろうとも、それにしがみつく。
愚かなことだ。
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「キリスト教の布教者」=宣教師に神の声の正体について、
教えてあげよう。
少なくともこの2,000年、神が我々に直接命じた事はない。
(神がいると仮定してだ)
仮に声が聞こえても、
それが神のものかどうか我々にはわからない。
聞いたこともない声が神の声である保証はないだろう。
それらは思考が創り出した幻聴・罠だ。
それが理性的な判断だろう。
神は人間になど興味はない。
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最後にもう一度言おう。
「キリスト教の布教者」=宣教師よ。
あなたが亡くなった事は残念だ。
しかしあなたの宗教を、私に押し付けてはならない。
この事件からも分かるように
キリスト神や宗教は、人を幸せにはしない。
「キリスト教の布教者」=宣教師よ。
目立ったことをして、有名になろうとしてはいけない。
あなたは、他者承認欲求が強すぎるのだ。
「キリスト教の布教者」=宣教師よ。
困っている人の役に立ちなさい。
親切の押し売りは不要だ。
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